日 陰

日 陰

 落合橋を渡り、米内川左岸沿いに一本松地内に入ると、右側が薬師山の裏側となり、山が高く深い杉の林や、雑木林におおわれて山裾は一日中太陽の光のあたらない場所があり、日陰と呼び石かけらの小道が藪におおわれていつもじめじめして、めったに人の入らない所でした。

 私が学生の頃のある日、この道に入って見ました。藪をかき分けてしばらく歩くと足がゴムマリを踏んだ感じがし「キ、キ、キ、」と無気味な音がして足が持ち上げられました。薄明かりの中で足元を見ると、自分の足の倍程もある私達が 「ふるだびつき」と呼んでいる「がまがえる」を踏みつけていました。

 その夜の事です。何か、蒲団の上を足元の方から一歩一歩強く踏みつける様に上って来るので眼をさましました。起きようとしますと全身が金しばりにあったように動かず、一生懸命もがきました。

 隣りの部屋から母の声がして間の襖が開きますと、全身がすうっと自由になりました。母には何も話しませんでしたが、まさかあのがまがえるがと思うと、あの無気味な声、おこったような眼とふくれ立った姿がうかんできました。今でも日陰の近くを通ると、あの夜のことを思い出します。

2022年1月29日

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